硝子の少年たち 55 -Cross編-

ぼくは手紙をバッグのポケットに押し込んだ。


鬼は受験勉強に専念するため(彼は外の大学を目指すらしい)、帰省せず、横浜の予備校へ通うことになっていた。どうやら、たった今、その開校式から戻ってきたところらしい。
「長瀬先輩、こんにちはー。いやー今日も暑いっすねー」
出来るだけ平静を保ち、当たり障りのないあいさつをする。
「夏が暑くなくてどーするさー。ってか、これのどこが暑いがー?」
沖縄出身の鬼からすれば、このくらいの暑さは何ともないらしい。沖縄の太陽の強さときたら、こことは全く比べ物にならないのだそうだ。
「あばっ? やー、どこか行くさー?」
鬼はぼくの足元に置いてあった荷物をめざとく見つけた。ポケットから封筒の端っこが見えていた。ぼくはさり気無くバッグの前に立ち、封筒を隠した。だが、そのわずかな動きすら鬼は見逃さなかった。
「それに何か大事なものでも入ってるのかー?」

えっ!?い、いや、何もっ?

思わず声がひっくり返ってしまった…。

「ふむ……何もないってかー…?」

鬼がにやりと笑い、さっと、手を伸ばしてきた。

何だーこれは?

ぼくはあわててバッグを抱えた。が、鬼の手はもうひとつの大きな布で包まれた荷物の方へと伸びていた。

「あっ、そ、それ…それはハムスターです」
「ハムスター?」
「はい…」
「おぉぉぉ、あれ、美味いよな~」
「………それベビースターじゃないですか?」
「そぉそぉ、あれ意外とビールに合うよなー、な?」
「って、なんでぼくに同意を求めるんですか?未成年でしょっ!?」
「冗談だよー」
と、ドーモトくんが包まれたケージをそっと下に置いた。ほっとした次の瞬間、
「で、どこへ行くさーっ!?」
ぼくの首にその筋肉質の腕を巻き付けてきた。
「は、葉山ですっ…」
「葉山だとーっ!?」
「別荘があるんですっ!」
「………女と一緒?」

胸がとびはねた。さっきの手紙の件もあったけど、それ以前に、ぼくは葉山には淡い思い出があって、ひょっとしたら……なんてことも考えていたのだ。それがわかったのか、鬼はよりいっそう腕に力を入れてぎゅうぎゅうと締め付けてきた。
「俺が英文テキストと格闘している間に、お前は金髪美少女相手に格闘か!コラぁ!」
「ち、ち、違いますーっ!」
と、やっとの思いで声を出したとき、

ミユ!

よく通る声がロビーに響いた。カーキ色の帽子を目深に被り、薄い色のついたサングラスをかけた男性がぼくらの方に向かって歩いてきた。
「お前の知り合いか?」
鬼が怪訝な顔で聞く。
「……はい」
「あんな怪しい奴と?」
「たぶん……」
そして、その怪しい奴は、ぼくらの前で足を止めた。
何しとんねん?
男性はぼくの首を絞めている鬼をサングラス越しに睨みつけた。ぼくが虐められているとでも思ったのかもしれない。一方の鬼はケンカ腰の関西弁に挑発されたようだ。
「何って、別に。遊んでるだけだよ、なー?」
ぼくは誤解をとくために、大きくうなずいた。
「剛さん、この方はぼくの先輩で長瀬智和さんといいます。生徒会長をやっていて、ぼくが大変お世話になっている人です」
「ほんまか?」
「はい!これは挨拶みたいなもんなんですよ……ね?」
ぼくは顔を真上にあげ、鬼の眼を見て笑った。
「……あ、あぁ……」
ふっと鬼の腕の力がゆるんだ。
「なんやぁ、そっかぁ~、ふざけとったんか~」
やっと、その男性はサングラスを外し、あのとびきりの笑顔を見せた。と、その顔を見たとたん、鬼がらしくない、甲高い大きな声をあげた。

えっ!? えっ!? なんで、なんでーっ!?

「いや、なんでって…言われても…」
その男性こそ、昨年、栄えある日本音楽大賞を受賞、いまや音楽業界をリードする、超売れっ子ミュージシャンのシュウこと、剛叔父さんだった。ぼくにしてみれば身内のひとりだが一般の人からみれば、テレビの中の人、芸能人だ。鬼が驚くのも無理はない。
「長瀬先輩、こちらはぼくの父方の叔父で……」
と、鬼に向かって、叔父の紹介をしたとたん、
「あ、握手して下さい!」
彼は大きな右手を差し出した。叔父が握手をしてやると、気を良くしたのか、
「あっ、あのっ、サインなんかしてもらってもいいっすかー?えっと、あ、ちょっとお待ち下さいっ!」
と、まだ返事もしていないのに、疾風のように受付へ向かい、行きと同じ軌道で素早く戻ってきた。その手には油性マジックが握られていた。
「ここに、お願いします!」
と、ペンを叔父に渡し、その大きな背中を向けた。叔父は嫌な顔ひとつせず、応じた。
「うちのミユがお世話になっているそうで、ありがとうございます」
「あぁぁ。いえ、そんな…とんでもないっすー」
シュウ独特のふわりと包み込むような人柄に、鬼は完全にノックアウトされていた。


「それじゃーなー、堂本くん。気をつけて行ってきたまえ!」
鬼はさっきと打って変わって、上機嫌でぼくらを見送った。
「素晴らしいひと夏の経験を!」

などと、余計なひと言をつけて……。

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この記事へのコメント

2007年03月09日 23:22
ひとまず、シュウさんのお陰で、一難は去ったかぁ・・・。さすがの鬼も超有名人には、弱いのね?なぁんだ・・・ミィ、鬼の弱点は、そこだ!そこにつけこむと、よろしいんじゃなくて?
・・・で?手紙の主は?誰なんでしょう。
「ひと夏の経験」どうなることやら。(笑)
もも
2007年03月10日 16:29
鬼には恋文は見つからなかったみたいで一先ずは安心…かな?急にケージを持ち上げられた時のドーモトくんを想像したらなんか笑えちゃいました♪今回一番ドキドキしたのは、ミィじゃなくてドーモトくんかも…??
愛戦士桜@携帯から
2007年03月11日 16:28
ギャーキャーキャーキャーシュウー☆☆☆☆☆(☆_☆)声にならない歓喜の叫び(笑)
WAO
2007年03月11日 18:29
桜^^。と同じくシュウの久々の登場にワクワクしてます♪キャー!!!!シュウ、カッコイイわ~!!!!
Rain
2007年03月11日 22:11
SHINE♪鬼も人の子ということですな(笑)でも彼の本当の弱点は……はにゃっ♪とした笑顔を見せてくれた彼……だったりして!?
Rain
2007年03月11日 22:13
ももちゃん♪あははは(^O^)そぉかも!ドーモトくん「食われるっ!」って思ったかも?お手紙については…まだまだ引っ張るよ~♪
Rain
2007年03月11日 22:16
愛戦士桜♪はい~!久々のご出演ですー!私の中のシュウのイメージはケリーさんです。独特の世界を持っている…という。そんな叔父さんが大好きなんです。ミィは♪
Rain
2007年03月11日 22:19
WAO♪同窓会のはじまりだよー♪音楽人としてのシュウと、普通の叔父(オジ?)さんとしての剛。そこんとこのギャップも楽しんでね♪
ドーモトくん
2007年03月11日 22:20
読んだよ。ドーモトくんが手紙に押し込むんだよね?

押し鼠?……ちょっと怖い……。

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