龍の涙・鏡の血68 血の章(10)

トーヤとミラーだけを残し、鏡の国軍は再び、龍の国へ向かった。


ミラーの体は悲しみに震えていた。自軍の戦い方を知り尽くしているだけに、龍の国への仕打ちがどのようなものだったかは、容易に想像できた。そして彼が胡蝶にしたことを思うと、体中の血が逆流するほどの怒りを覚えた。

「トーヤ!お前のやったことがいかに卑劣で、汚らわしく、愚かなことか、今から俺がその体に教えてやる!」
「やれるものなら、やってみろ!」

トーヤは馬から下りると、剣も抜かず、そこに立った。ミラーの剣術を常に近くで見てきたトーヤは、彼の動きに独特な間があることに気付いていた。ミラーは相手がその剣を振りおろしてきて、はじめて自分の剣を振るのだ。まず相手の動きに合わせて、呼吸をつかむ。その後、いきなりその間を崩す。それまで自分の間で動いていた相手は戸惑う。その隙をミラーは突くのだ。ならば、彼にその間とやらを与えなければよいのだ。

「どうした?ミラー?足に根が生えたか?」
「……うるさいっ!」

トーヤの挑発にのせられたのか、ミラーが斬りかかってきた。トーヤは簡単にそれをかわした。ミラーは態勢を崩し、倒れそうになったものの、なんとか踏みとどまった。

「剣も合わせず、逃げるとは、お前、それでも鏡の国の将軍か!」
「俺は俺だ!お前とは違うやり方で勝つ!」
「お前のやり方だと? 面白い、とくとみせてもらおうじゃないか!」
ミラーは再び、剣を構えた。と、足元で土けむりが舞い、焦げた大地の臭いが鼻を刺した。
「剣で戦うなど、もう古い。これからは銃の時代だ。ミラー、お前の時代は終りなんだよ…」
「……やはり、お前が兄だったのか……」
「だとしたら……この一発でお前はお終いということになるな…」
トーヤは銃を構えたまま、じりじりとミラーに近付いた。
「ミラー、最期にひとつだけ聞かせてくれ」
「…………」
「お前はただの一度でも、俺や自分の部下を信じたことがあったか?」
「…………」
「そうだ…お前は誰も信じようとしなかった…それもこれもあの呪いのせいだ。誰も信じられない…それはたしかに辛かっただろう…だがな……そんなもののせいで、どれだけ忠誠を尽くしても、信用してもらえない、ひとりの人間として見てもらえない…こっちだって同じなんだよ!兵隊、官僚、民……国をつくっているものを信じない、そんな人間が王子だと!ふざけるな!そんな男に国が治められるわけがない、治める資格などないんだ!」

今、引き金をひけば、間違いなくミラーの頭を打ち抜くだろう。だが、それほどの距離にあってもまだトーヤは引き金をひかなかった。
「どうしたトーヤ…指が震えているように見えるが…?」
「あまりにもうれしくてな……俺の手でお前を楽にすることが出来る。そう考えたら、うれしくて、うれしくて、震えがとまらないよ!」
トーヤは震える両手で銃を構え、銃口をミラーの眉間に当てた。

と、その時、ひらり…と一羽の蝶があらわれ、羽根を広げるとトーヤの目を覆った。
くっそぉ!邪魔するな!!
トーヤは、顔を覆う蝶を振り落とそうとした。だが、まるでその羽根から粘着性の液が出ているかのように、それはぴたりとつき、無理に外そうとすれば皮膚ごと持っていかれそうだった。
うぬぬぬぬ……!」
だが、ミラーにはその蝶の姿は見えなかった。ミラーはトーヤが何に怯え、何にあわてているのかが、全くわからずにいた。

このやろぉぉぉぉぉぉ!

トーヤは銃の引き金をひいた。

!?

だが皮肉にも銃口はミラーではなく、トーヤを向いていた。彼が打ち抜いたのは、自らの腹であった。

トーヤ!トーヤ!?

ミラーはトーヤを抱き起こした。かすかだが、まだ息がある。
「ミ…ラ……な…ぜ」
「何だ!?」
「な……ぜ…とどめを刺さ…ない…」
「!」
ミラーには出来なかった。今はもちろん、銃口を向けられたときでさえ、トーヤからは殺気が感じられなかった。殺気を感じないものにミラーは剣をふるうことは出来なかった。
「…その甘さ……命……取りになる……」
「…もういい…何も話すな!」
「その甘さは……女にだけ…向けろ…」
「!?」
「……安心し…ろ…女には…何も…し…てない」
「トーヤ!?」
「ほら…そこ…来ている…」
「えっ……?」
トーヤの指差す方向を見ると、透き通った羽根を持つ一羽の蝶が一瞬だけ、姿を見せた。そしてミラーが胡蝶へ渡しはずの、短剣の中へと消えた。
「……胡蝶……?」
と、ミラーの腕の中のトーヤの首が、がくりと垂れた。
「トーヤ?…トーヤ?…トーヤ!!! 
トーヤは息絶えた。


だが、これで全てが終わったわけではなかった。



龍の涙・鏡の血  血の章 (終)

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この記事へのコメント

2008年01月26日 09:54
1番に書くのは気がひけるけど…血の章完結、おめでとうございます。
トーヤの本音は、冥界の王子とともに戦いたかったのね。変わって欲しかったのかな。
冥界の王子の呪い。解いてあげられる人はいるんだろうか…
今、嫌な絵が浮かんでしまってて。某舞台の劇中劇がかさなるの(笑)
胡蝶。蝶はこの世とあの世を行き来できますもんね。冥界の王子を救ってほしい
SHINE
2008年01月26日 12:22
トーヤの想いが、胸に痛いね・・・。
呪いが、これから、どう作用してくるのかだものね?この物語は・・・。怖いよ・・・。
血の章完結・・・おめでとうね♪
これからも、楽しみにしてるよ!!
WAO
2008年01月26日 13:18
トーヤは心の中ではミラーが好きやったんかな?最後になってなかなか引き金を引けなかったのが命取りやったね。蝶は胡蝶の術?龍の国の人は不思議な力があるもんね。
Rain
2008年01月26日 15:05
てるひちゃん★あーなんかドキドキした(笑)
読み手より書き手の方が実はドキハラしてる。そんなもんだよね。敵にしたくないけれど、敵にまわして闘ってみたかった。と、いうのもあるし、トーヤはずっと誰よりも近くでミラーを見てきた人だからね。複雑な思いを抱えてきていた。ミラーを救いたいと思っていたのかもしれないよね(って、あたし書き手じゃん!?)
Rain
2008年01月26日 15:10
SHINE★もっとトーヤの胸中を描いても良かったかな~と思いつつ、彼は主人公ではないから、これで良かったかな?とか(笑)構成の難しさをあらためて感じました。怖い(笑)きっとそれは頭にある映像が浮かんでいるからだろうね。
いよいよ最終章にはいります!
Rain
2008年01月26日 15:17
WAO★うん。彼に銃を向けたのも、ミラーが嫌いでも、憎いわけでもなく、権力だけを渡したくなかった。なかなか複雑なんだよねー。トーヤの心境って。描き足りなかった気もするな。あまりにもあのメイン二人に構いすぎました(汗)
みなさんのコメントからたくさんの愛ディア(笑)もらっております。ありがと~ヽ(^o^)丿
愛戦士桜
2008年01月28日 10:32
ミラーの心中、すさまじいものがあるだろうね…トーヤ、自分で撃つなんて見えない力(呪)が働いたのかな。それにしても胡蝶の化身にようにも見える蝶がなぜここに姿を現あいたのか…いやな感じだよね……
Rain
2008年01月28日 20:41
愛戦士桜★哀れなトーヤ。本当ならミラーの手にかかって最期を迎えたかっただろうに。でも酷いことをした罰。思い通りにはさせないよ。
ミラーも敵を前にするものの、実際に相手を斬ってはいないしね。その剣は然るべきときにしか使えないのだ!ジャカジャン(笑)

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