龍の涙・鏡の血70 涙の章(2)

艶鳥蹴狗の背に乗った剛龍の眼に入ってきたのは、黒い塊となって動いてゆく鏡の国の兵士たちと、紅い炎に包まれた街だった。


城門は崩れ落ち、鏡の国の兵士たちが取り巻いていた。剛龍は内側から沸き起こってくる怒りや憎しみを必死に押さえ込んだ。彼らの姿を見ないよう、そして彼らに見つからないよう、出来るだけ高い位置を飛び、緊急時の避難場所となっている、大聖殿へと向かった。

大聖殿へ向かう道には結界が張られていた。だがそれは茂龍のものではなく、もっと強いものであった。剛龍が近づくと彼の気を感じたのか、それが一瞬だけ解かれた。剛龍は後ろに追っ手がいないのを確認すると急いでそこを通り抜けた。

剛龍さま!剛龍さまぁぁぁぁぁ!」 

剛龍付の小姓が彼の姿を見つけるなり、かけ寄ってきた。脇には小太刀を差している。
「知念、大丈夫か?怪我はないか?」
「はい…私は、ずっと、ここにおりましたので…でも…」
「…中にたくさん怪我人がいるのだな?」
言葉に出来ないのだろう。目にたくさん涙をためたまま、うなずく。
「……怖かっただろう…さぁ中に入ろう。奴らもここまでは追ってこないよ」
剛龍は知念の小さな頭に手を置いた。さきほどの若い指揮官も同じくらいの年頃だった。剛龍の胸は痛んだ。
大聖殿はそこに最も不似合いな血の匂いでいっぱいだった。広間は怪我人であふれ、そこにも入れないものは廊下へ、比較的軽症のものや、避難してきたものは庭に集まっていた。
「剛龍さまじゃ…」
「剛龍さま…」
みな傷つきながらも剛龍の姿を見ると頭を下げ、手を合わせた。が、彼らの瞳には以前のような輝きは見られなかった。悲しみや怒りはもちろん、それまで決して向けられることのなかった不信の色さえも浮かんでいた。剛龍はかける言葉が見つからず、ただ、黙って通り過ぎるしかなかった。
看護師と医師は怪我人たちの間をかけ回っていた。剛龍は傷の具合を見て、優先順位をつけて処置するよう医師に指示を与えた。剛龍はそこにいて然るべき人間がいないことに気付いた。胡蝶はどこにいるのだろう?医師や看護団の中にいないとすれば、父王のもとについているのだろうか?剛龍は更に足を進めた。

剛龍さま!

呼びかけられた声に振り向くと、純山と米史がいた。
「純山!米史!お前たち、無事だったか!」
「はい!」
彼らはところどころに小さな傷を拵えてはいたが、元気な顔と声で剛龍を迎えてくれた。だが剛龍はそこにもまた、肝心な人間がいないことに気付いた。
「蛇良は?蛇良はどうした?」
純山と米史の表情が曇った。
「ま…さか…?」
「……こちらです……」
ふたりは普段は、控えの間として使っている部屋へ剛龍を案内した。どうやら、そこを彼ら自衛団の本部としているらしい。剛龍が入るとそこに集まっていたものたちが、いっせいに立ち上がった。みな口を固く結び、拳を握り、今にも爆発しそうな、その感情を押さえこんでいた。
「剛龍さま……どうぞ……」
米史に呼ばれ、部屋の奥へすすむと、そこに蛇良が目を閉じて横たわっていた。右目に当てられた布が紅く染まっている。
「敵方の剣が右目をかすったようです」
「それで、怪我の程度は?」
「医師の話によれば、命の危険はないものの……おそらく右目はもう……」

見えないだろうと……。

「蛇良、剛龍さまが戻ってこられたぞ」
米史の呼びかけに、蛇良の左目が開いた。血走った眼はゆっくりと動き、剛龍をとらえた。と、蛇良は飛び起き、いきなり剛龍の胸倉をつかんだ。

なんでだよ!どうして、どうして、こんなことになるんだよ! 」

蛇良の言葉は民の声そのものだった。だが悲しいかな剛龍にはその問いに答えることが出来なかった。その答えを最も知りたいと思っているのが、剛龍自身だったのだ。
「なんで…黙っているんですか…何とか…何とかいってくださいよ!」
「ほら蛇良!大人しくしてろって!傷口がふさがらねぇだろ!」
米史は蛇良を引き剥がし、再び横にさせた。蛇良の右の瞳からは紅い涙が流れていた。それは剛龍の胸を深くえぐった。
「……みんな…本当に…すまない……」
「すまない…って…?」
「…………」
「すまないって、どういう意味ですか?」
「…………」
「剛龍さま!?」
「みんな、すまないが、私に時間をくれないか?」
「それは戦いの準備を整えるということですか?」
「いや……戦はしない」
「では何を?」
「ミラーに逢ってくる」
「ミラー?」
「ミラー…」

ミラーだって…!? 

ミラーの名を出したとたん、彼らの表情が変わった。

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この記事へのコメント

2008年01月27日 20:10
はぁ・・・。龍の国の民は、もうミラーさまを恩を仇で返したという思いなんでしょうね?
剛龍さまなら、そんな疑念を払拭してくれると信じています。
でも、ミラーさまを助けたばっかりに、こんな目にあってしまったという声もあるかもしれませんね?
こうなってしまうとミラーさまとの関係も微妙になってくるよね?
剛龍さまの立場として、非常に厳しい局面ですね?
涙の章ですかぁ・・・。ハンカチ用意しておきます・・・。
WAO
2008年01月28日 01:17
剛龍も何が何だか判んないよね…皆の問いに答えることが出来なくてさぞ歯痒いやろう。ミラーが帰った途端攻め入られたんやから、皆ミラーを疑うよね…剛龍はこの事態をどう切り抜けるのか?非常に難しい問題やね。
愛戦士桜
2008年01月28日 10:44
知念くんがここにーーーー!!!!
剛龍さまの心の叫びが聞こえるようだよ…辛いね…蛇良 ケガしてたんだね><
胡蝶…大丈夫かな…どうして蛇良のそばにいないの……あーめちゃいや~な感じがする。剛龍さまはミラーと会うことができるのかな…緊迫してきたね(汗)
Rain
2008年01月28日 20:58
SHINE★海の向こうでは民族対立が当たり前のように起きている。それも行き場のない怒りをそこにぶつけているだけのような気がする。諍いになった本当の理由なんて、誰にもわからないものなのかもしれないよね。それが戦争ってものかもしれないし…。
Rain
2008年01月28日 21:05
WAO★彼はこの国の王子、国を守る責任がある。
剛龍やミラーのように、本当は上に立つ人間ほど苦しみが多い。苦しまなくちゃいけないんだよね。今のわが国はどうなんだろう…?
Rain
2008年01月28日 21:08
愛戦士桜★たくさんのJメンズたちをかなり贅沢に使っています。お話の内容が痛いだけに、返信コメントも重い内容で…すんませーん(>_<)
剛龍とミラーが出会うとき…それはつまり…。
賢明な読者様なら…見えているはず…。

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