Peace!93

窓の外をぼんやりと見ていた。

車高があるものだったので信号待ちしていると横に並んだ車の中がよく見えた。クリスマスの翌日だからだろうか。カップルが多いような気がした。

みんな幸せな夜を過ごしたのだろうな。
そういうおれもそのひとりなのだけど……。

光助は隣にいる伊織の横顔を見上げた。美術室においてある彫像みたいな輪郭をしている。もしかしたら彼にはどこか違う国の血が流れているのかもしれない。首が長くて喉仏がくっきりと出ている。

触れてみたい、そこに。いや、そこだけじゃない。肩、腕、指、腰、太もも……とにかく彼の体に触れていたかった。

………こんなときに、こんなことを考えている自分はやっぱりサイテーな息子だ……だから……おれは置いていかれたのかもしれないな……


病院のロビーの玄関に最も近いところにマスターは立っていた。伊織が手をあげると駆け寄ってきた。そしてその隣にいる光助の姿に一瞬、おや?というような顔を見せた。
「……あ、光助か」
「はい」
「なんかいつもと感じが違うから誰かと思った」
「オレの服、着せてきたから」
「え?」
「いくら何でもサンタクロースの姿で連れてくるわけにはいかないと思って」
「あぁ……それもそうだな」
マスターことテルさんがぎこちない笑顔を見せた。
「じゃぁ、オレはこれで」
伊織がつないでいた手を離そうとした。光助は離れたくなくて力をいれたのだが、一瞬遅く、すでにその時には伊織の手はそこになく、つかんだのは自分の手の平だった。伊織はそれに全く気付かなかったらしく、マスターに頭を下げると足早に出て行った。

なんで?行っちゃうの?どうして?


そばにいてよ!!


すらりとした後ろ姿に向かって心の中で叫んでみた。でも伊織は病院の自動ドアを出て行くまでただの一度も振り返らなかった。

届かない。どうしてなんだろう?

想う人への想いだけがいつも届かない。


「光助、行くよ」
マスターに促され、ようやく光助は足を前に出した。

案内されたのは病室ではなく霊安室という部屋だった。マスターと一緒に入ると劇団の座長とおかみさん、その息子で現在の花形が振り返った。彼らはマスターに目礼すると隣にいる光助へと視線を移した。
「お?」
座長がまるで珍しいものを見つけたときの子供のように大きく眼を見開いた。花形は子供のころからよく知っているにも関わらず「誰だ?お前」と言う視線で光助を見た。ただひとり、おかみさんだけが光助だとわかったようだが、それでも
「……こーちゃん?こーちゃんだろ?こーちゃんだよねぇ?」
と、何度も確認してきた。光助が小さくうなずくと、
「まったくもぉ!どこに行ってたんだよ!こんなときにこの子は!」
泣きながら光助の肩を前後に揺さぶった。
「んなこたぁ、今はどうだっていいだろ!とにかく早く合わせてやれ」
座長の声が響き、やっと光助の肩から分厚い手が離れた。

光助は部屋の中央のベッドに歩み寄るとゆっくりと白い布を外した。エリさんの小さな白い顔がそこにあった。光助が家を出てきたときより、少し痩せたかもしれない。
でもそこに涙の跡とか、悲しみとか悔しさとか、恨みとか、痛みとか、そんなものはちっとも見られなかった。楽しい夢でも見ているのか、笑っているように見える。

だからつい光助も笑って言ってしまった。

「ただいま、エリさん……」

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