EndlessSHOCK2020観劇日記第1740公演

初めて見えたカンパニーの未来……


2020年2月4日に開幕したEndlessSHOCK20thAnniversaryに行ってきました。まだまだ残りの公演数が多いのでショーについてのレポは書きません(書けるほど見ていません)じゃぁ、何を書くのかというと今年のSHOCKを見て私が感じた事考えた事です。ショーについての記載はほぼありませんがドラマ部分については好き勝手に書きますのでそのあたりどうかご了承ください。

20thAnniversary
一幕・二幕ともに開演前の緞帳の映像がこれまでのものと変わっていました。NYの摩天楼、夜景の映像ではありません。もうこれだけで「何か違う」感が出ていました。一幕・二幕とも開演前のちょっとした雰囲気作りが粋でした。うむ。さすが20thAnniversary。


芝居に特化した2020
空を飛んだり、階段から落ちたりすることが出来なくなったらそれはもうSHOCKではなくなるのか?そうじゃない!そうしないためにも作品の基礎の部分である「ドラマ」を強固なものする必要があるんだけどな~と漠然と思っていました(関係者でもないくせに(笑))
そうしたらまぁなんということでしょう!2020年のSHOCK、上田竜也を相手役に迎えたSHOCK、しっかりと芝居の原点を押さえてあるじゃないですか!「ドラマ」は「対立・葛藤」によって生み出されるものです。今年のSHOCKはコウイチとタツヤの対立と葛藤が実にわかりやすくしつこく描かれていました。「劇的」な変化のために「劇薬」上田竜也が必要だったということですかね?

コウイチとタツヤ
様式美VS自由奔放。
面白いのは様式美を貫くコウイチの方が天衣無縫であり、逆にタツヤの方が見かけこそ自由奔放だけれど中味は自分の思い描く(狭い範囲の)理想像に囚われ過ぎてパフォーマンスが不自由になっていることです。(タツヤはそのことに苛立っているようにも見えました)これが二幕でのコウイチの台詞「もう自分の殻に閉じこもるのはよせ」の伏線になっていると思われます。台詞だけじゃなく、ダンスシーンに至るまで様々なところに伏線が張ってあるのがSHOCKです。

「オン(ブロードウェイシアター)に行って何がやりたいんだ?」タツヤに向かってコウイチが放つ言葉。
これにはもし俺を超えたとしてその先に見えるもの目指すものはあるのか?という問いかけであり、自身が現在感じているトップの孤独、見えない目標に向かって突き進む怖さを吐露しているような気がします。その孤独と恐怖にタツヤが耐えられるかどうかを諮っています。これに対しタツヤは「俺は俺のやり方で突き進む」と応えます。コウイチにはそれが「俺らしさを追求する」と(そのとき)は聴こえたのかな。だから一度は「わかった」と納得する。それならばタツヤ自身が気付かず、未知の何かとてつもないものをしまってある引き出しを開けることが出来るならと……コウイチはオンの劇場に行くことを決めたのかもしれません。タツヤがコウイチに憧れ、追いつけ追い越せと思うように、コウイチもタツヤの魅力を誰よりも知っていて、それを開花させたかったのでしょう。めちゃくちゃ愛情ありますよね。だからタツヤに対しては言葉も態度も厳しくなる。でもタツヤは単純に「お前、やるじゃん」とコウイチにほめられ「俺の負けだよ」と認めてもらいたかったのでしょう。
タツヤが意識すべきはコウイチではなく観客であり、自分自身なのだけどね……。

オンでのショー、タツヤのソロショーは圧巻です。まさに水を得た魚。あの時間・空間、タツヤは確かに劇場を掌握していました。「見たかコウイチ!俺だって出来るぜ!やってやったぜ!」手応えを感じていたかもしれません。タツヤの次の演目がコウイチメインのショー「SOLITARY」なのですが、ここの始まり方が昨年と違い、コツコツコツ・・・・と足音が聞こえます。タツヤの後ろ姿とステージに歩いてくるコウイチがすれ違います。

この冷たい足音がまた劇的でねぇ!追い越したと思ったのにコウイチはまた余裕でタツヤを抜き去っていく。足音だけでコウイチという大きな存在、圧を感じさせるわけですよ!憎いねぇ、光一兄さん!(逆にコウイチにはひたひたと迫るタツヤの足音にも聞こえいるかも)

そしてSOLITARY出トチり事件が起きるわけです。このときコウイチは本気でタツヤに失望したと思います。それまで背中を見せて教えてきたつもりのことが何ひとつ伝わっていなかったんですから(←かつての光一さんとKAT-TUNのようだわ(笑))「舞台に立つな」とまでコウイチに言われなきゃならないタツヤも悲しいけれど、なんでわかってくれないんだとコウイチだって悲しかったと思います。
こんなふうに一幕で徹底的にコウイチとタツヤの対立を描くことで二幕の和解がよりドラマティックになるんですよね。

「タツヤはタツヤのままであれ」コウイチになる必要はない。「誰か」を目標にするのではなく「自分」を高くしろ。二幕のコウイチの最後のショーも一体感はあるのにそれぞれの「個性」は消えず、お互いを認め、でも決して慣れ合わない、いい緊張感が漂っているんですよね。

淘汰の先にある未来
どこかで聞いたことある詞なんですけど(笑)なるほどなと思いました。
淘汰される(する)ことで拓ける未来もある。
人間の身体だって日々、アポトーシス(細胞の自然死)が行われているんですから。
あまりにも存在が大きくて、大きな枷となっていたコウイチが去ることで、タツヤの成長が促され、未来が拓ける。
ちょっと無理やりかな?(笑)ひどいよね(笑)ま、そういう解釈もあるんだーと流してください。
二幕のショーのタツヤはコウイチから吸収できるもの、受け取れるものすべてを自分の中に取り込もうとしています。言い方は悪いかもしれないけれどコウイチを食っちゃう勢いですよね(笑)たぶんそれが感じられたから見えたのでしょう。これまで長いことこの舞台を見てきたけれどどうしても見えなかったもの。

コウイチが去った後のカンパニーの未来。
今年やっとそれが見えました。コウイチの想いを引き継ぎ、新しい舞台に邁進するカンパニーの姿が。その先頭にタツヤがいるんだけど彼は決してひとりで突っ走ったりしない、背中を見せながら、みんなの気配を感じ取っている姿が。だから私、大階段のラスト「夢はきっと続くと」で自然と涙が出てしまったのだろうな。

ありがとう、コウイチ。ありがとうタツヤ。

コウイチの肉体はなくなったかもしれないけれど、魂はより自由に色んなところへ行き来できるようになったと思っています。そう、ジャニーさんのようにね!

EndlessSHOCK2020は文字通り「劇的」な変化を遂げました。こんなにいろいろ考えたのは久しぶりです!すっごく楽しい!


以上 2020年2月10日 第1740公演の観劇日記でした