Days291 「Solitude~真実のサヨナラ~」 美勇起 12月10日
もう、二度と会うこともないだろう……。
ぼくはどうしてよいのかわからなかった。自分の感情を整理することはおろか、普通に呼吸をすることすらままならない状態だった。何が起きているのか、どうなってゆくのか、皆目、見当がつかない。そんなぼくを差し置いて、彼らはどんどん、自分たちの思うように話をすすめて行く。ぼくは食事の途中でトイレに行くと席を立った。勘のいい薫が拓海義兄さんに「ついていきなさい」と合図をしたが、「こどもじゃないんだから大丈夫だ」と、たしなめられていた。ぼくもすぐに戻るというカムフラージュをするために、わざと携帯電話を置いていった。そうして、一人になったぼくはすぐにホテルを抜け出した。
ぼくに父親がいたって?
母親が生きていたって?
一緒に暮らそうだって?
それはぼくが一生治らない厄介な病気を抱えてしまったから?今まで放ったらかしておいた償いのために?いらない。いらない。そんなもの、いらない。ぼくが欲しいのはそんな条件付きの愛なんかじゃない。ぼくが今、いちばん必要としているものが何なのか、彼らはちっともわかっちゃいない。だからぼくはこれから、いちばん欲しいものを求めに行く。雨の街を疾走し、やっと見つけた空車に飛び乗った。
12月の街はどこもかしこも渋滞している。おまけにこの雨だ。視界も悪いせいで、車はいつもよりゆっくりと走っていた。目的地まで、あと数メートルというところで、
「どうしますか? ここで降りて歩けば、ワンメーターあがらずに済みますけれど?」
若いぼくの経済状態を心配してくれたのだろうか、運転手が親切に声をかけてくれた。
「そうします。ありがとうございました」
「お仕事、がんばって下さいね」
こんな格好をしてこの辺りに来たものだから、ぼくのことをホストだと勘違いしたようだ。ぼくは雨の街に降り立った。冷たい雨がぼくを鎮静させた。出て来た時の情熱が薄れ、冷静さを取り戻して来ると、自分の犯した過ちに気がつきはじめた。ぼくは自分の父親のことを今までずっと呼び捨てにしていた。時には見下すような態度を取り、彼…父のぼくに寄せる期待や信頼をことごとく裏切ってきた。また、これまで身を隠して生きてゆかなければならなかった母の気持ちを慮ることもなく、優しい言葉すら、かけてやらなかった。そして、実の弟以上にぼくを大切に想い、今日のために、どれほどの時間と労力と心を尽くしてくれたかわからない、義兄夫婦の恩を仇で返すような真似をしてしまった。なんて思慮に欠けた、浅はかな奴なんだ…。こんなぼくを笑ってたしなめ、そっと支えてくれるのは、やっぱり彼しかいない…。彼に会ったら、何から話そう。 ぼくに両親がいた事から話す? それから一緒に暮らそうと言ってきている事、しかし、そうなると、ぼくの病気のことも話さなければならない………?
待てよ……?
もしかして、彼は知っていた? こうなることを? ぼくの両親が健在し、一緒に暮らす準備をはじめていたことも、ぼくが病気を抱えていることも……?
そうだよ! そうでなければ、彼があんなに突然、家を出るなどと言うはずがない。
なんてことだ! 彼が出て行ったのは厄介な病気を抱えたぼくを両親の元へ返すためだったんだ! 彼はぼくに心配をかけまいと、不安や辛さや淋しさを押し隠して、明るく笑って去っていったんだ!
ごめん、ごめんね、晴…。ぼくは君の優しさに気づきもせず、しかも、それを無駄にしようとしていた。これ以上、君を困らせたくない。だから今夜は……逢わずに帰る……。
いや、もう、二度と会うこともないだろう……。
さよなら、晴…。
『Butterfly』の前から立ち去り、再びタクシーを拾おうと通りに出た。あいにくの雨、そして週末、12月、悪条件が重なり、なかなか空車が来ない。傘を持ってこなかったことや、コートを着てこなかったことを今更、悔やんでも仕方がない。冷たい雨はどんどん、ぼくの体温を奪ってゆき、思考回路まで凍結させてゆく。眼も眩むイルミネーションよりも、闇の方が落ち着くのも、同化したいという依存心の現れだろうか?
歩くことにも、考えることにも疲れたぼくは道の脇に座り込んでしまった。背筋に悪寒が走る。体の震えがとまらない。手に息をかけても、がちがちと歯の根が合わないほどの寒さでは、とても間に合わない。
「兄さん、大丈夫?」
しゃがれた声がぼくの頭上から聞こえてきた。ぼくに傘を傾けているせいで、彼の肩で雨の雫が踊っていた。
「こんなに濡れて……」
雨に濡れたぼくの顔をハンカチで拭いてくれた。
「ありがとう…」
「………あ、いや……その、良かったら、そこの店に入らない?」
「店……?」
「奢らせて、ね?」
熱いコーヒーでも飲めば、少しは落ち着くかもしれない。そう思ったぼくは、力をふり絞り、彼の差し出した手につかまり、立ち上がろうとした。が、ぼくは思った以上に衰弱していたようだ。まともに立っていることも出来ず、彼に寄りかかってしまった。彼は、傘を投げ出し、
「ごめん。我慢できなくなっちゃった」
と、ぼくの背を建物の壁に押し付けた。
「なに……す……」
言葉を発する間もなく、唇をふさがれた。体を押し付け、ぼくの動きを封じ込めようとする。抵抗の証に振り上げた右手をつかまれた。こんな天候のせいか、左腕の傷は疼き、全く役に立たない。動けないぼくをいいことに相手は露骨に体に触れてきた。
「………もぉ……いい……」
「え? 何、イイって?……ふふふ、うれしいこと言ってくれるね……」
もう、いい…もう…どうなってもいい………。
ぼくはどうしてよいのかわからなかった。自分の感情を整理することはおろか、普通に呼吸をすることすらままならない状態だった。何が起きているのか、どうなってゆくのか、皆目、見当がつかない。そんなぼくを差し置いて、彼らはどんどん、自分たちの思うように話をすすめて行く。ぼくは食事の途中でトイレに行くと席を立った。勘のいい薫が拓海義兄さんに「ついていきなさい」と合図をしたが、「こどもじゃないんだから大丈夫だ」と、たしなめられていた。ぼくもすぐに戻るというカムフラージュをするために、わざと携帯電話を置いていった。そうして、一人になったぼくはすぐにホテルを抜け出した。
ぼくに父親がいたって?
母親が生きていたって?
一緒に暮らそうだって?
それはぼくが一生治らない厄介な病気を抱えてしまったから?今まで放ったらかしておいた償いのために?いらない。いらない。そんなもの、いらない。ぼくが欲しいのはそんな条件付きの愛なんかじゃない。ぼくが今、いちばん必要としているものが何なのか、彼らはちっともわかっちゃいない。だからぼくはこれから、いちばん欲しいものを求めに行く。雨の街を疾走し、やっと見つけた空車に飛び乗った。
12月の街はどこもかしこも渋滞している。おまけにこの雨だ。視界も悪いせいで、車はいつもよりゆっくりと走っていた。目的地まで、あと数メートルというところで、
「どうしますか? ここで降りて歩けば、ワンメーターあがらずに済みますけれど?」
若いぼくの経済状態を心配してくれたのだろうか、運転手が親切に声をかけてくれた。
「そうします。ありがとうございました」
「お仕事、がんばって下さいね」
こんな格好をしてこの辺りに来たものだから、ぼくのことをホストだと勘違いしたようだ。ぼくは雨の街に降り立った。冷たい雨がぼくを鎮静させた。出て来た時の情熱が薄れ、冷静さを取り戻して来ると、自分の犯した過ちに気がつきはじめた。ぼくは自分の父親のことを今までずっと呼び捨てにしていた。時には見下すような態度を取り、彼…父のぼくに寄せる期待や信頼をことごとく裏切ってきた。また、これまで身を隠して生きてゆかなければならなかった母の気持ちを慮ることもなく、優しい言葉すら、かけてやらなかった。そして、実の弟以上にぼくを大切に想い、今日のために、どれほどの時間と労力と心を尽くしてくれたかわからない、義兄夫婦の恩を仇で返すような真似をしてしまった。なんて思慮に欠けた、浅はかな奴なんだ…。こんなぼくを笑ってたしなめ、そっと支えてくれるのは、やっぱり彼しかいない…。彼に会ったら、何から話そう。 ぼくに両親がいた事から話す? それから一緒に暮らそうと言ってきている事、しかし、そうなると、ぼくの病気のことも話さなければならない………?
待てよ……?
もしかして、彼は知っていた? こうなることを? ぼくの両親が健在し、一緒に暮らす準備をはじめていたことも、ぼくが病気を抱えていることも……?
そうだよ! そうでなければ、彼があんなに突然、家を出るなどと言うはずがない。
なんてことだ! 彼が出て行ったのは厄介な病気を抱えたぼくを両親の元へ返すためだったんだ! 彼はぼくに心配をかけまいと、不安や辛さや淋しさを押し隠して、明るく笑って去っていったんだ!
ごめん、ごめんね、晴…。ぼくは君の優しさに気づきもせず、しかも、それを無駄にしようとしていた。これ以上、君を困らせたくない。だから今夜は……逢わずに帰る……。
いや、もう、二度と会うこともないだろう……。
さよなら、晴…。
『Butterfly』の前から立ち去り、再びタクシーを拾おうと通りに出た。あいにくの雨、そして週末、12月、悪条件が重なり、なかなか空車が来ない。傘を持ってこなかったことや、コートを着てこなかったことを今更、悔やんでも仕方がない。冷たい雨はどんどん、ぼくの体温を奪ってゆき、思考回路まで凍結させてゆく。眼も眩むイルミネーションよりも、闇の方が落ち着くのも、同化したいという依存心の現れだろうか?
歩くことにも、考えることにも疲れたぼくは道の脇に座り込んでしまった。背筋に悪寒が走る。体の震えがとまらない。手に息をかけても、がちがちと歯の根が合わないほどの寒さでは、とても間に合わない。
「兄さん、大丈夫?」
しゃがれた声がぼくの頭上から聞こえてきた。ぼくに傘を傾けているせいで、彼の肩で雨の雫が踊っていた。
「こんなに濡れて……」
雨に濡れたぼくの顔をハンカチで拭いてくれた。
「ありがとう…」
「………あ、いや……その、良かったら、そこの店に入らない?」
「店……?」
「奢らせて、ね?」
熱いコーヒーでも飲めば、少しは落ち着くかもしれない。そう思ったぼくは、力をふり絞り、彼の差し出した手につかまり、立ち上がろうとした。が、ぼくは思った以上に衰弱していたようだ。まともに立っていることも出来ず、彼に寄りかかってしまった。彼は、傘を投げ出し、
「ごめん。我慢できなくなっちゃった」
と、ぼくの背を建物の壁に押し付けた。
「なに……す……」
言葉を発する間もなく、唇をふさがれた。体を押し付け、ぼくの動きを封じ込めようとする。抵抗の証に振り上げた右手をつかまれた。こんな天候のせいか、左腕の傷は疼き、全く役に立たない。動けないぼくをいいことに相手は露骨に体に触れてきた。
「………もぉ……いい……」
「え? 何、イイって?……ふふふ、うれしいこと言ってくれるね……」
もう、いい…もう…どうなってもいい………。
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